【Xからの引っ越し先】これからのネットでの居場所に関するユキシバ的見解
- maliceberryblog
- 5 日前
- 読了時間: 11分

こんばんは、YUKISHIBAです。
最近、X(笑)での仕様変更により、他人が投稿した画像を見た人がAIを使って編集できるようになったことが物議を醸している、というより炎上しています。
AIの分野に関しては詳しくないので、これ自体に関する見解は
技術は毎日進歩するのに人間は1万年前から進歩してない
とだけ述べておきます。
本件に関してはこちらのツイートが参考になると思いました。
・・・さぁ、いいですか?ではここから本題。
今回お話ししたいのはこれからのSNS、ないし広く「これからのネット民の暮らし」の話です。
Xからの引っ越し先

「X終末論」は今に始まった話ではなく、今まで何度も大きな仕様変更やBAN祭り、イーロン無差別凍結ミサイルが発射されては、その度に騒がれてきました。
こういうトラブルの標的になるのは大体絵師やイラストレーター、VTuber、次いで歌い手といった感じです。
そもそもXは独自のAI・Grokを有しており、投稿内容がGrokの学習対象になります。
Xは他のSNSやブラウザより正直にこういうことを言うので、発表されて流れてくる情報だけを見ていると「Xは投稿者の作品も何も許可なくAIに食わせるけしからんSNSだ」というイメージになるんですね。
実際にはネット上に安全な場所などありません。
他のSNSも含め、ネット空間に上がっているあらゆるコンテンツはAIの学習対象で、本当に完全にAIから逃れたければオフラインに絞るしかありません。
だからこそ受け手側(≒AIを使う側)が道徳心や善意を持って扱うのが本来のあり方、という意味で上記の見解を述べました。
AIの是非に関する話はここでおしまい。
話を戻して、今回のような話題が上がる度に「Xはもう終わりだ!ブルスカに移動します!」とか「Mixi2がXの代わりになるかも」などの声が各所で上がってきました。
もう見慣れた光景です。今も例によってX辞めます宣言やブルスカへ引っ越すという宣言がタイムラインに流れてきます。
僕自身も今度こそダメか?という気持ちでほかのSNSにも手を伸ばし、一部は実際に投稿頻度を増やしています。
しかし実際には、Xを辞めると言っていた人もほかのSNSに移動すると言っていた人もまだXにいて、今まで通り投稿して友達に絡んで、仕様変更やトラブルがあったら「X辞める!」「○○に移行します」とポストしているのです。
新天地は何処に
今回のようなことがあった時の僕等、特に生成AIが脅威になりうる絵師や歌い手などは、
何処かにはXの代わりになるSNSが存在すると信じている節があります。
じゃあXの代わりを果たせるSNSはあるのでしょうか?
結論、僕はXの代わりは今までも今後も生まれないのではと考えています。
画像を4点、さらに動画ファイルも4点まで載せられるし、
逆に文章だけでも投稿出来る。
ジャンプ可能なリンクも貼れるし、
下書き保存も予約投稿も出来る。
拡散性が高く、短文だけだろうが伸びる時は伸びる。
キラキラしてる必要はなく、いちいち面倒な画像加工をしなくてもいい。
アカウントをリストにまとめたり、DMでグループを作ったりできる。
フォロワー様には推奨していない「おすすめタブ」も何だかんだ話のタネや記事のネタを仕入れられる。
課金すれば何千文字という長文も打てて、長時間の動画ファイルさえ載せられる(おかげで間違えて会合やMVのフル映像を載せちまったことも何回か)
使う場面は限られているがXProも歌コレなどのイベントを走っているときは案外重宝する。
活動者目線で見ればこれだけ多機能でかゆいところに手が届くSNSは他にないし、こんなものを新たに作ろうと思ったら一体幾らかかるのか、考えたくもありません。
ガクまりはXのほかにInstagramとTikTokも持っておりますが、インスタは予約投稿が出来ないこととお洒落過ぎること、TikTokはいちいち動画編集しなければ投稿も出来ないのと陽キャくさいのが致命的です。
SNSはユーザーの増加やそれに伴う意見を糧に時間をかけて成長していくもの。
ユーザー数世界一を誇るらしいX(Twitter)も最初からここまで便利だったわけではありません。
時間をかけて多機能化していったのです。
ただ同時に成長・多機能化には痛みも伴います。
ネット上のデータの置き場所はタダではありません。ユーザーが増え、投稿数が増える程、運営費も増していきます。
それを稼ぎ出すために課金制度を設けたり、大量の広告を見せたり、詳しくはないけどAI学習や特定の団体からの支援を受けたりするのかもしれません。
今仮に移住先としてとてもよさそうなSNSがあったとしても、Xの代わりといえるぐらいの繁栄までにはとても長い時間がかかるし、それまで「出来ないこと尽くしで過疎な」SNSを我慢して使うような度量が今のXユーザーにあるとは正直思えない。
運よくそこが繁栄したとしたら、今度は莫大な運営費を稼ぐために課金や広告、AIに頼らざるを得なくなる。
アカウントを作るだけ作ってろくに使われず閑古鳥が鳴く弱小SNSで終わるか、繁栄はするけどXと同じ運命を辿るか…。
Xの代役を果たすということは、X並の多機能性や拡散性と、Xユーザー(Twitter民)との文化的な相性の良さを「今すぐ」提供してくれて、なおかつシャドウバンや左翼的な情報規制、AI学習などもしないSNSのことを指します。
そんなものが生まれるとは正直思えません。
(※シャドウバンなどはTwitterの時からあった)
それでも、実際に多くの人がXに対し何らかの不満を持って、大なり小なり移住を考えている現状がある。
とにかく埋もれる。課金している意味を感じない。
ユーザーが使いたい使い方をすればするほどシャドウバン、検索除外のリスクが高まる。
巷にはタグ付けが良くない・リンクがダメだと色んなハックのようなものが流れていますが、色々試してみての感覚ではその辺はあまり関係が無く、運(イーロンの気まぐれと呼んでる)によるところが大きいと感じています。
そんなこんなで僕自身もXの運用には限界を感じています。
但し正確には、これはXの限界ではなくSNSそのものの限界を指しているのではないでしょうか。
あの時代が回ってくる?
ちなみにここまでXとそのユーザーのことを中心にお話してきました。
つまりXの動向はもっぱらインスタやTikTokのユーザー、またはMixi2やくるっぷなどの小規模なSNSで満足している人達にはそんなに関係が無いかもしれません。
ですがここからは彼等も関係してくる話になります。
今後Xがどういう風になるかは予想が難しいところ。
ですがネット民の根本的なモチベーションの向き方は予想が簡単です。
ネット民はこれからも「自分にとって」快適で、便利な場所を求める。
自分にとって有益な情報やコンテンツが手軽に手に入り、自分が発信したいものが届けたい人に届きやすい場所を求める。
これはSNSが生まれる前も、この先SNSが廃れた後も変わらないのではないでしょうか。
ではこれから僕等はどうやってネット上で発信し、情報を仕入れることになるでしょうか?
僕の不真面目に見せてかなり大真面目な予想が、
ウェブサイト・ブログの時代がまたやってくる
というもの。
ネット民にとっての快適な場所とはあくまでも「自分にとって」快適な場所。
あくまでも「自分にとって」有益な情報さえ手に入れば良くて、それ以外の情報は寧ろ少なめでいい。
Xの「おすすめタブ」を推奨しない理由の一つがこれ。
Twitterの時からそうでしたが、Xになってからはなおのこと「余計な情報が氾濫」するようになりました。
望んでもいない政治ツイートやニュース記事、目の毒にしかならない成功者の暮らしぶり、交通事故のドラレコ、男性嫌悪や女性嫌悪を煽るようなツイート、不安や恐怖、劣等感を煽るツイート、さらには知らないVTuberの訃報が何日も立て続けに流れてきたこともありました。
画面を開けば色んな情報が目に入り、知りもしなかったようなニュースやムーブメントが踊ってる。
勿論自分の好きなアニメやゲーム、推しに関するコンテンツも。
お、いいなと思って見始めたら最後。ちょっと見るつもりだったのにスクロールが止まらない。
その全てが超常刺激となり、僕らユーザーの体力や精神力、集中力をガリガリ削っていく。
情報の渦に晒され時間と精神力を溶かされるこの環境を、心から居心地がいいとは思えなくなっているのではないでしょうか。
そういう人はまさに「一周回って」昔に戻るのでは、と考えています。
人が求めるのは「丁度いい空間」
SNSにはそれぞれ文化もあるし、ましてXは圧倒的に機能性が良い。もし仮にXが爆散する、もしくは住んでいけないレベルのディストピアになった時、じゃあこれからはインスタやTikTokをメインに回していくかー、とは簡単にはなりません。
今ほどSNSが発達する以前について実はあまり詳しくないのですが(結社創立前~創立直後のため)、活動者は個人サイトやブログを開設し、イベントで知り合ったサークルさんやたまたま見つけてピンときたサイトのバナー(リンク)を自分のサイトに貼ったり、また自分のサイトのバナーを貼って貰ったりしていました。
個人サイト内にBBS(掲示板)があり、そこで訪問者やイベントで知り合った方とやりとりが出来ました。
今と比べて当時の一番良かった点は目に入る情報が絞られていたこと。
悪く言えば狭い世界で生きていたわけですが、人間あまりに広い世界では上手く生きられないもの。
寝室が体育館みたいに広かったら安心して寝れないのと同じです。
思いかえせば、Twitterを始めた時に求めていたのも結局自分にとって有益かつ快適な規模感の空間。
大都市に住んでいるからといって交友関係がその分大きくなるわけではないのは、リアルもネットも同じでしょう。
けどXになって以降顕著に、運営側がその空間を侵し始めてきた。
僕等がよりX上で時間を溶かすようにアルゴリズムをいじり、余計な情報を流すことによって。
僕はその余計な情報の中からブログのネタを拾ったりしているわけですが、執筆や(沢山喋るタイプの)接客などをしてない大多数の人にとってはコンフォートゾーンへの侵略行為でしかないはず。
実際にSNSが完全にこの世から消えるというのは流石に想像し難いし、個人サイト全盛期にまで時代が戻るというのもなかなかぶっ飛んでいます。
しかし今は無料でもかなりしっかりしたサイトやブログを作れるようになったし、活動者が自分のメインの発信拠点としてこういった個人サイトが主要な選択肢に上がるのは案外現実的な見方なのではと思います。
あと、そもそもSNSを使っている人は世界全体で見れば一部です。
SNS(僕の場合ならX)の中にいると、そのSNSの中での評価が世界からの評価のように思えることがままありますが、これはとんだ勘違い。
Xユーザーよりも非Xユーザーの方が何倍も多いのです。インスタもTikTokも然り。
仮にXが没落しても、広い広いネットの世界の一角で起きた「ちょっとびっくりな事件」程度なのかもしれません。
新鮮な空気を求めて外に出るように、都会に疲れて田舎へ移住するように、
X民も一人また一人、Xの外へ出ていくでしょう。
Xとは全く違うルールの、なるべく数字に囚われず、トップインフルエンサーと自分を比べる必要のない世界へ。
SNSとウェブサイトで新たなネット生活圏
僕がTwitterを始めたのは「ライブ」活動を始めたばかりの頃だったので約8年前。
それ以前から自分のブログを持ち、Twitterとも併用していました。
Twitterの便利さに甘えてブログの更新を怠ることがあった点を猛省すると同時に、これからもXに頼りすぎるわけにいかないと感じ、本ブログやFANBOX(無料コンテンツあり)に軸足を移しているところです。
特定のSNSのルールや文化に囚われず、かつ「特定のSNSに限らず発信できて、色んな情報を漏れなく届けられる場所」という活動者目線での需要を加えた結論が「自分のウェブサイト」でした。
「個人サイト・ブログに戻る」と言いましたが、単なる逆戻りになるはずは無く、寧ろ今以上にSNSとウェブサイト・個人ブログをバランスよく使うようになるのではと考えています。
活動者と一般ユーザーはそれぞれが自分に合ったネット上の生活圏を確立し、
近くなり過ぎていた演者とファンの距離は少し離れ、
彼らが求めあい引き合わせられることで、ネット空間には出入り自由の緩やかに閉じた小さなコミュニティが山のように生まれ、
それらの機能を全部担おうと(独占しようと)して行きつくところまで行ったSNSは、宣伝や情報をキャッチできる場でありつつも「コミュニケーションツール」という(恐らく)本来開発者が望んでいた姿に近づく。
Twitterは楽しい場所ですが、ずっと住み続けることに疲れを感じ始めていた折にAI学習の関連でまた運営がひと騒ぎ起こしちゃってくれたので、僕の見方や今後の動き方についてお話ししました。
SNSの恩恵に与りながら、自主的に動いて欲しい情報やコミュニティを手に入れる習慣を今以上に思い出していく。そんなバランスのいいネット生活が浸透する未来を見据えながら(夢見ながら?)ブログを書いています。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
汝、自由で在れ。
YUKISHIBA


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