【あまり為にならない人生訓】最悪死ねばOKという生き方[第二版]
- 5月14日
- 読了時間: 16分
こんばんは、YUKISHIBAです。
この記事はYUKISHIBAの死生観を語る記事のリライトです。
オリジナルは2022年頃に書いた記事。当時とは言えることも考えられることも変わってきたので、同じテーマでほぼ一から書き直しました。
オリジナルついては、一般公開の予定はありません。
多くの健康な人にはあまり参考にはならないかもしれませんが、それでも良いよ!という方は、是非最後まで読んでください。
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まさにこの記事のオリジナル版が書かれた2022年、僕はまさしく死の淵に立っていました。
そんなことになった発端を辿ればいつまで遡れば良いのか不確かですが。
僕がYUKISHIBAになる前のある時、一言でいえば公私ともに「色々」ありました。
「彼」は地上で自立して生きることに初手から失敗していました。それは社会人になる以前の学校の進路選択で既に失敗していた結果かもしれない。若しくは生まれる環境や肉体、時代を間違えた結果かもしれないし、そもそも自分に相応しい人生がそれだったというに過ぎないのかもしれない。
考え得る限りあらゆるものが食い違っており、味方はいませんでした。
誰が間違っていたのか、誰が先に間違えたのか、今ではわかりません。
きっとお互いに都合の悪いことは忘れてしまって、都合の良いように記憶を補完したのでしょう。
何はともあれ、ある夏の日に「彼」は完全に変質します。
正しかったのか無価値だったのかもうわからなくなった、それまで積み上げてきたものの全てを捨てて《地上脱出》を遂げました。
その後《陰界》に渡り「彼」は「僕」になり、時を経て地上へ戻り今に至るのですが、その話はまた別の機会に。
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かくして地上に戻った「僕」にはもうかつて「彼」に備わっていた社会性は完全に消え失せていました。
「彼」なら、不満を垂れながらも、やりきれなさを感じながらも、組織の中で生きるのに不都合な思考を捨てて長く生きることに専念できるだけの生命力(従順さ)はあったでしょう。
「僕」には、「彼」なら生涯絵に描いた餅として記憶の隅に追いやっていたであろう自由が確かにある。
その引き替えに、「彼」の生きるのに都合の良い精神性を失った。
「僕」のことをただ甘えているだけだと批判する人がいるのは簡単に想像できます。
おめでとうございます。あなたは健康です。
あなたのように生きてみたかった。
・・・ここまでが不合理な前提の話。
壊れたものは二度と元通りにはならない。
これは壊す側の人間には永遠に理解できない真実だ。
以降の生活は不合理で、根無し草みたいなものでした。
元々能力だって高くなかったのに社会で生きる適性まで失ったのだから残念ながら当然。
それでも偶然手にした仕事の縁。出勤をする必要も他人と関わる必要もなく、時間や場所にも縛られず、音楽活動の時間を大きく確保しながらもまとまった収入を得られる。
当時の僕にとってはまさに理想そのものに感じられました。「やっと安住の地に辿り着いた」とか「人生の勝ち組になった」という錯覚すらありました。
まさしく錯覚でした。
だからこそ、その仕事の契約が切れた時にはまずすべての音と時間、血流が止まったような感覚に襲われました。
カジュアルに首を切られる業界なのもあり、それまでの安穏とした暮らしは一通の事務的なメールによって忽然と姿を消したのでした。
その瞬間僕が思ったのは
「あ、本当に終わりなんだ」
でした。
今でもあのあたりは比較的鮮明に覚えています。
頭の中に流れたのはアニメ『進撃の巨人』のウォールマリア最終奪還作戦の話で、ベルトルトの「世界はこんなに残酷じゃないか」というシーン。
不思議な程に心は軽く、視界はクリアで、一つまみの「やっと終わらせられる」という感情と、一本の筋が見えたような、ちょうど細く険しい山道を抜けて太い道路に出た時に近い安心感を得たのです。
それからの行動指針はシンプル。
貯金が尽きるまでは音楽に全振りしよう。
それでも芽が出なかったら潔く死のう。
その年の春に音楽系即売会『M3春2022』にリアル会場で参戦。
そこでリリースしたのが、今や「壁」とか「バイブル」と呼ばれ親しまれる僕等のフラッグシップ、『THE OMEN』です。

同年秋には1st Premier Cru『Myra's Snuff Film -最終復刻版-』をリリース。
この時のM3秋のブースで確か雪崩を起こした記憶があります。多分この年だったはず。
仕事に割いていた時間も全て音楽に全振りした分、活動範囲も音楽界隈でのつながりも一気に広がり、まさにこれから大きく動き始めるという空気を感じているのに(成功しなければ)余命は1年くらい。
惜しい気持ちが全くなかったといえば嘘になる。
唯、その一方で心は不気味なほど軽かった。道が明確だったからかもしれません。
ヤケになっていたわけではないと思うが、その年の遠征は今まで以上に全てが鮮やかに見えた。
些細なことが楽しく感じられた。綺麗とは言えない東京の空気を吸ってウキウキする気さえした。
その年の東京遠征で初めて『邪神ちゃんドロップキック』の舞台・神保町で人生初の聖地巡礼なるものをしました。
夕暮れの靖国通りを歩いている時に不意に確信したものこそ、
「上手くいかなくても最悪死ねば解決する(からやりたいことやろう)」
という死生観でした。
「最悪死ねば良いや」の精神で生きること
この死生観について、実は『カイジ』の兵藤会長(帝愛グループの会長にして本作のラスボス的な人)が似たようなことを言っています。
「命はもっと粗末に扱うべきだ」
命が惜しいから失敗を恐れる。お金が惜しいからするべき出費を惜しむ。
懸けるべき時に懸けるべきものを懸けられない。挑むべき相手に挑めない。
まるでショーケース越しにドレスを眺めるがごとく、夢や自分の意志を遠巻きに眺めるだけでそれを手に入れようともせず、未練だけを大切に抱え込む。
大事なものを守っている・合理的な選択をしているつもりでも、その裏でチャンスや信頼、自尊心など本当に大事なものを失い続けている。
その事実に見てみぬふりをして、安全で長い人生の中で魂が「ずるずると腐っていく」。
死んで一体何が解決するんだ!という点ですが、
ここでいう解決というのは、その先に起こりうるありとあらゆる苦しみをキャンセル出来るということ。
人間の多くは恐れてちゃいけないとわかっていながらも失敗を恐れます。
でも例えば上司が「責任は俺が取る!」って力強く言ってくれたら、失敗への恐怖も幾分和らぎますよね。
僕等は失敗すること自体を恐れているのではなく、失敗することで恥や悔しさ、責められる恐怖や経済的な困窮など様々な苦しみが降りかかることを恐れているのです。
裏を返せば、こういう苦しみが降りかからないなら失敗を恐れる理由も無くなる。
捨て身でいることばかりが正しいとまでは言わない。
でも、挑むべきところで挑まず、通すべき意思を通さず、自分を騙してやりこめて寿命だけを伸ばすことが本当に「命を大事にする」ことなのか?
稼ぎ口を失ったという事実は本来なら最大級のピンチで、とにかく他の稼ぎ口を見つけることが全てに優先するのが普通の人。
でもそれはあくまで「とにかく生きることが正義」という前提があっての話。
ここに「最悪死ねばOK」というルールが加わわれば話は大きく変わり、稼ぎ口を失った状況は寧ろ仕事に持っていかれていた分の時間が丸ごと浮くという優位点に変わります。
「最悪全て失敗して八方塞がりになったら死ねばいいや」というルールで生きていた当時の僕にとってはある意味ボーナスタイムでした。
収入という後ろ盾もなく、「命を繋ぐ」という保身のための大義名分もない。生活は出来るからという温さもない。
失敗しても実質ノーダメージで音楽に全振りしていた2022年はある意味僕が最も「生き生きしていた」1年間かもしれません。
無論、あの年の再来はまっぴら御免ですがね。
さて、オリジナル版で触れたのは大体この辺まで。
この話には続きがあります。
生きることも死ぬことも出来なかった末路
情けないかな秋が過ぎても大きな進展の気配はなく、いよいよ貯金にも底が見え始めてきました。
「その時」が近づくにつれ、まず妙な悪夢を頻繁に見るようになった。その次に昔の職場や幼少期の夢を見るようになり、次にベッドの中で涙が止まらなくなる日が続くようになった。
歌練習やレコーディングから帰る度に、下から自分の部屋のベランダを見上げる。
時折ベランダから下を見つめ、きちんとアスファルトの上に落ちれそうか確かめる。
その度に体は必死になって死を遠ざけようとした。
死が怖かったわけではない。ただ悲しくてたまらなかった。
あの感情ばかりは僕ごときの文章力では表せる気がしない。
今まで自覚していた「死ぬ覚悟」なんていうものは幻だったこと、今までに感じていた全ての「死のイメージ」が安いフィクションだったということをこの時理解したのでした。
これは別な記事で書きましたが、あの年は女子高生二人がビルの屋上から飛び降りる様を配信するという衝撃的な事件がありました。
動画はTwitterで瞬く間に拡散され、僕のタイムラインにも流れてきました。
泣きじゃくる少女と、奇妙な冷静さを保つもう片方の少女。
画面から消えてから時間をおいて響いた衝撃音。
次は自分がこうなる番だと悟った。
でも事実そうはならず、またしても生き残った。
この記事を書いている今でこそ生き残ったことに後悔はしていない。
が、当時はそうとも言い切れなかった。
大きなきっかけがあり生きる道を選んだ僕は何とか少しずつ社会に出て、結果的に今のところは何とかコンスタントに遠征を出来る状況にはなっている。
そうすると今度は何が残ったか?
「自分何やってるんだろう」という、あの時の選択に対する疑念。
能力に乏しくうだつが上がらないばかりでなく自ら掲げた覚悟や矜持すらも通せない、真っ当に生きることも死ぬことも出来ない腰抜けへの失望。
当時の心境を出来る限り生に近いまま記したのがこちらのカバー曲の制作秘話。
大局で見れば状況は相変わらず不安定で、いつ結社が軌道に乗るかは知れず、一方いつまた2022年が再来するかわからない。
しかし、4年前と今とでは決定的に違う部分がある。
あの時は最初から無かった「多少無理矢理にでも生きる」という選択肢が、今の自分には採れるという点。
「最悪死ねば解決する」
というあの時見出した死生観は、
「恐れて諦めてじわじわ腐るくらいなら命懸けて挑んでみろ」という点で今も正しいと思っている。
命を懸けるということは、負けた時には死をもって降伏するということ。
でも実際に体温が伝わる距離に死を感じて突き付けられた現実は、
人はそう簡単に死ねないという、シンプルだがどこまでも残酷で不甲斐ないものだった。
人は義務や必要に迫られた時程死を全力で拒もうとする。
それはもうまるで巨人に掴まれた人間のように、駄々をこねるように。
しかも、だからといって生きれる時に感じる「もういいかな」という感情が嘘ということにはならない。
生きるのも死ぬのも簡単ではないのだ。
言うのが遅くなりましたが僕は自殺願望や希死念慮は特にありません。
同時に命そのものへの執着もありません。
生きることそれ自体よりもその中身が重要だから。
だからこそ死ぬしかないから死ぬということになってもそこまで困らないと思ってました。
でも実際には逆。
人は生きる術が絶たれた時には生きることに縋り、生きるしかない時には死に惹かれる。
人は死ぬか生きるか自らの意思で選べる状況でないと死を選べないと悟って以来、
どちらも自分の意思で自由に選択できる状態を常に維持することがある種目標になりました。
但し実際に「生きるしかない状況」というのは少なくとも独り身なら実質存在せず、重要なのは無理にでも生きようと思えば生きれる状況を維持しておくこと。
僕は複数の稼ぎ口を得ることでこれをギリギリの形ですが実現しています。
4年前の自分は、最初まだ死を遠くからしか見ていなくて、秋頃になってようやく間近でそのグロテスクな死の姿を直視したに過ぎない。まだ所詮口先だけの死生観でした。
「最悪死ねば解決する」という死生観は、寧ろ複数の稼ぎ口を持っている現在になってやっと体現出来たように思います。
「死」は日常
通常時、僕は死にたいとも生きたいとも思っていません。
ただそこに命に繋がる欲と死への誘惑があるだけ。
単に「生きること」ではなく「どう生きるか」に価値を置いているからこそ「生きたい」とも「死にたい」とも思わないのです。
僕にあるのはこのどちらでもなく、「こう在りたい」だけ。
それを達するためにはまず生きる必要があるから何だかんだ生き残っているのであって、じゃあ「生きたい」んじゃんと言われると「いや違くて…」となる。
だからか、僕にとって死神からの誘惑は毎日のようにある、最早日常の景色となっています。
もうだいぶ長い付き合いです。
一度死神に魅入られてしまったら、魅入られる前の世界には戻れません。そこから先はことあるごとに「出口はあっちだよ」と唆してくる死神といかに上手く付き合っていくかの勝負になります。
幾つか殊更大きな誘惑もありました。
その全てを振りほどいて今日まで生き残れた理由は未だ謎ですが、少なくとも自分の強い意志みたいなものではないのは確かです。
こういう長い期間「死」に晒されながら生き続けていると、生きるための原動力の一部には大なり小なり死というものが嚙んでいるということに気付きます。
そうすると、「生きるために死という概念を活用する」という発想に到るのです。
どうせいつでも死ねるなら
僕が高層階に居を構えたがる最大の理由は、簡単で確実な死を手元に置いておきたいからです。
この厳しい世界に居座れるだけの精神的な余裕は、実は「飛んでしまおうと思えばいつでも飛べる」という安心感から来てるのではないかと、一層強く感じます。
考え得る最悪の「地獄」は、生きることも死ぬことも許されないこと。
それを思えば、極めて高い確率で死ねる手段が常に手元にあることがいかに有情か。
退路が絶たれたことを自覚すればするほど人は余裕をなくし、判断が鈍り、最終的に人格か命そのものが潰れてしまう。
しかし不思議なもので、逃げ道があったらあったでそんなにすぐには逃げないもの。
目標にコミットするために退路を断て!という人がいますが、実は逃げ道をキープしておくことの方が有効というのは心理学でも有名な話。
「死」は切り札。ミサイルのスイッチと一緒。
当然一生使わないで済むのが一番良いが、最終手段としてあるのと無いのとでは取れる行動が大きく変わる。
僕にとって「高層階に住む」というのは、何かに本当の意味で命を懸けるためのチケットであると同時に、地上に少しでも長く居座るための逃げ道だったりもするのです。
「死」を手元のカードとして持ったうえで、
現在は生きる理由を探すのをほぼ辞め、代わりに死ぬ理由を探しています。
生きる目的より死ぬ理由
生きる気力がない、死の誘惑に晒されている人に幾ら「まずは生きろ!」「生きていればこんなことがあるよ!」と言ったって響かないんです。
ゲイで悩んでる人に対して「女は良いぞ!」と力説するくらい的外れなこと。
僕がしているのは「これをするために生きよう」ではなく「これをしてから死のう」。
「お寿司を腹いっぱい食べるために生きよう」ではなく「死ぬならせめて積丹のうに丼を食べてから死のう」。
「今構想のある作品を全部リリースするために生きるぞ」ではなく「構想のある作品全てリリースしてから死のう」。
前者が健常者の論理で、後者が異常者(失礼)の論理。
ほとんど屁理屈なんですが、健常者の正論も視点を逆転させるだけで非健常者のための論理に転換できるのだから、一概に屁理屈と馬鹿に出来るものじゃない。
心が折れそうになった時は、死神に追いつかれそうになった時は、
健康な人は「生きていれば○○が出来る!」と考えればいいし、
不健康な人は「せめて○○してから死のう」と考えればいい。
最終的に辿り着く場所は同じ。道もそんなに違わない。見え方が違うだけ。
健常者の論理ではただ頭ごなしに死を否定し、遠ざけ、漠然と「生きることありき」で物事を考える。
一方不健康な人には敢えて「死ぬ瞬間」を基点に生きている間のあらゆる物事を考える。
するとおのずと、「生きなきゃいけない」「死のうと思っちゃいけない」というプレッシャーから解放されると同時に、死と生が遠くかけ離れた存在ではなく、寧ろ互いにすぐそばにいることに気付くのです。
死神との和解
生きることと死ぬことは表裏一体。背中合わせです。
だからこそ死というもの自体を過剰に遠ざけてはいけない。
遠い存在にしてしまうから生きることばかり考えるのに疲れるし、死が魅力的なものだと錯覚してしまう。
今ある生の価値を最大化するには死の存在が欠かせない。
そういう意味では「2022年」は非常に大きな意味を持つ経験でした。
単に意識するだけでもしないのと比べれば全然違うのですが、出来れば「死」をグロテスクな異物ではなく部屋にある変な置物、日常風景の一つにするくらいしてもいい。
生きていて徒労感に苛まれたり、「もう楽になりたい」「なんかもういいや」という気持ちになっていませんか?
大なり小なり死に魅入られているなら、あなたの人生を守るためになるべく早く「死神と和解」する必要があります。
ここまででお話ししてきた
・「死」を最悪の結末ではなくいつでも採れる最終手段と解釈する
・生きる理由より死ぬ理由を探す
というのが、死神と和解する方法。
お察しの通り、和解しても死神の誘惑は止まりません。
この和解は死を遠ざけるためのものではなく、死を生と同じくらい当たり前の存在にするためのもの。
死は『北風と太陽』でいう太陽みたいなものです。
一方、死が今まで以上に当たり前の存在になるに伴い、生は相対的に今までのように当たり前の存在ではなくなる。
つまり「生きれて当たり前」「生きるのが当たり前」という考えではなくなる。
「最悪死ねば良い」なんていうと一見命を軽視していると思われますが、実際にこの価値観で生きるようになってから日常の些細な景色に心を動かされるようになりました。
普通なら気にも留めないような街の景色や道沿いの草花に足を止めて観賞したりもする。
こんな綺麗な景色をいつまで見ていられるかわからないから。
イベントや遠征の一つ一つも今まで以上に大事にするようになりました。
次回がある保障なんて無いから。
僕もあなたもどんな人でも例外なく、条件が揃えば死ぬ。その日は突然やってくる。
どんな人も今まで無事に生きてきたからといって明日も無事に生きている保障はない。
超会議が終わった後も「来年はこんなことしたい!」なんて話をする人がいますが、3年連続で超会議に出られたからといって4度目がある保障はどこにも無い。
生は約束されたものじゃない。ありがたいものなのです。
単なる正論としてではなく、死と相対した経験を通しての実感としてこれを強く感じています。
幸せかどうかと言われると答えに困ってしまいますが、それでも一瞬一瞬の何気ない部分さえ愛をもって受け取れたり、仕事を嫌なものではなくありがたいものだと思えたり、1年間生き残れたことに心から感謝できたりする人生は、嫌いではありません。
今でも僕は「最悪死ねば良い」の死生観で生きています。
この精神を忘れない限り、楽団総指揮として行う活動や見る景色の一つ一つをより一層大切にできる気がするのです。
さぁ、昨日とは違う朝が来ます。
ここまで読んでくれたあなたの健康を祈って。
汝、自由で在れ。
YUKISHIBA





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