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作品の「値段」が持つもう一つの意味

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こんばんは、YUKISHIBAです。



今回は出来ればみんなにも知って欲しいけど出来れば表では言いたくないお話。

そう、作品の値段設定を考える回です。



同人音楽即売会・M3が閉幕したすぐ後ですが、作品の値段について表で大きな話題になっていました。


もっとこういう話題はみんな避けて通るかと思ったので、Twitterで多くの活動者がこの話題に触れていたことは少々意外に感じました。


それだけやはり皆値段を付けるにあたって色んなことを考え悩んでいるようです。


制作にかかる印刷費やCDプレス費、ジャケットを作るならイラストレーターにビジュアルを依頼する費用、更にはイベント参加にかかる費用。これは遠征組だと特に大きいですね。


とにかく作品を作ってから実際にゲスト様の手に届くまで、実に多くの過程と出費を経ています。



初めて参加した時から僕も思っていたのですが、M3の作品の相場はとにかく安い。

もうね、先生びっくりしました。


しかし黒字化しようと思ったら今までのM3の相場ではかなり厳しい。具体的には云百枚売り切るような大手サークルでないと、原価ギリギリみたいな値段設定をした時点で赤字確定。


今回もあまり回れていないのでよくはわかりませんが、あちこち買い廻っている方曰く、M3での作品の相場もだんだんと上がっているみたいです。



すると買う側は限られた予算でどれを買うか頭を悩ませることになります。

必然、自分の作品が選ばれる確率も下がる。


そのリスクを覚悟で値段を上げるか、赤字を受け入れて値段を下げるか?



そこで今度はそもそもM3に作品を出すことの目的は何か?が問われます。

利益を出す為なのか?とにかくより多くの人に名前を売る為なのか?

何かを布教する為なのか?単に好きだからなのか?



制作過程でどれだけお金をかけているか、そして利益が欲しいのか別の何かを優先するのか。

値段設定はこの二点を悩み抜いて決定されます。



ガクまりもこの点は例外ではありませんが、ガクまり作品の値段設定はまたかなり異なった理由で決まっています。




値段が持つ「もう一つの役割」


値札は語るのはその作品の値段だけではありません。


寧ろお客様は値札から値段なんかよりもずっと重要な情報を読み取っているのです。

「この作品はどんな作品なのか」

そして

「このサークルはどんなスタイルや目的意識で活動しているのか」。


つまりは

「どういうブランドなのか」を感じ取っているのです。



例えばガクまりは『Myra’s Snuff Film(インスト4+1曲収録)』が1,500円、『THE OMEN(収録1時間)』が3,300円と、M3に初めて参加した時以来一貫して相場に流されない値段設定を維持しているため、M3の相場よりは高めになっています。


しかも値下げは絶対にしませんが値上げは時々します。(『THE OMEN』は当初2980円でした)


これもふざけているわけでもなければ、単に物価上昇や支出とのバランスみたいな世知辛いことだけ考えて価格を決めているわけでもありません。



平たく言えば、

作品や僕自身の言動と同じように、値段もまたガクまりというブランドを定義するものだと考えて決めた結果が今なのです。



例えば『THE OMEN』だって、3300円で並んでいるのと330円で並んでいるのとでは、『THE OMEN』の見た目や中身がいかに同じであっても、作品に対する印象もガクまりへの解釈も変わってくるはず。



『THE OMEN』は僕等にとって初の本格的なオリジナル音楽作品で、「特別の上の特別」と表現するくらい全方位にこだわり抜いた作品です。


きっと実物を見た方ならその辺は感じ取って頂けていると思います。


しかし、『THE OMEN』自体にどれだけ手が込んでいても、330円で買った作品を同じくらい特別に感じるのは買い手の心理として難しい

良くも悪くも、苦労して手に入れたものほど大事にし、楽して手に入れたものほど雑に扱うものだから。



聞いた話、イラスト界隈だと依頼料が安すぎるとほかの絵師から文句を言われたりすることもあるのだとか。

そういう暗黙の了解や協定みたいなものはM3の相場を見る限り音楽の世界にはきっと無いのでしょうが、僕は周りの皆も高くするべきとまでは思っていないし、安くしていることをネガティブにも捉えていません。


大事なのは、値段を通してどんなことを語っているか。

自分の音楽活動に対するスタンスや、即売会に出て何をしたいのかというビジョンと値段がマッチしていれば、高くても安くても良い。



反対にもし

「値段上げたら売れないんじゃないか」とか

「儲けようとしてると白い眼で見られるんじゃないか」みたいなことで無理やり安くしているのであれば、これを機に是非とも考え直してください。



僕が「値段は作品とブランドを語る」と言っているのは、

それ自体が作り手の(ブランド側の)自己紹介の一部を担っているのと同時に、

買い手が作品やブラントの立ち位置を読み解く糸口にもなるからです。


だから値段の高い安いによらず、不本意な値付けは一番しちゃいけないんです。

自分の利益にもならないし、自分の活動に対する誤解を生むから。





ガクまりが「値段」で語りたいこと


ガクまり作品の価格設定思想の根底にあるのは主に二つ。



①音楽は本来高級品


先にも音楽作品が作られてから実際にゲスト様の手に届くまで色んな出費があると言いましたね。


印刷費やCDプレス費、ジャケット用ビジュアルの依頼料、イベント出展料、宿代に交通費。


…と、音楽の制作にかかる出費としてここまでは多くの人が挙げるんです。

でも大事なことを忘れているんですよ、皆さん。



だって、

そもそも音楽を作れるようになるまでに一体幾ら・何万時間かかってると思ってるんですか?


ご存じないかもしれないですけど、生まれつきお金を取れる品質の音楽を作れる人間はいないんですよ。へーって話ですよね(急に煽る)



例えばガクまり(当初:マリベリ)は、作品を「ライブ」で披露できるレベルになるまで4年強かかりました。

技術も設備もあまりに足りていなかったのでカラオケに入ってる洋楽みたいにペロペロした音源と歌詞だけ作り溜めてました。そもそも評価の土俵にすら立てなかったのです。

それを4年強耐えてやっと「ライブでの披露」です。レコーディングを経て音源化までには更に数年かかります。


『THE OMEN』にも収録されている処女作『SLY GARNET DOLL』は誕生から音源作品に収録するレベルに仕上がるまでになんと10年かかっています。


当然PC代や数々のソフト代、機材費、レッスン費、スタジオでの練習代やレコーディング代もそこに乗ります。

しかしお金以上に膨大なのが「時間」。

音楽に直接関わっている時間だけでも相当なのですが、人間が音楽を作る以上、音楽の知識だけでは良い音楽は創れません。人間として音楽の外の世界で感性を養ったりインスピレーションを得るのは必須。

そこまで含めたらもう音楽に費やした時間は計測不能です。



今のスキルがあれば仮に新しい曲を3カ月で一から作れるとしましょう。

当たり前ですがその新しい曲を3カ月で作れるだけのスキルは最初からあったわけではありません。

何万時間という時間と膨大なお金、更に気の遠くなるほどの時間と労力をかけてこの世界そのものから膨大なインプットを得てようやっと獲得するのが「今のスキル」なのです。


だから、正確を期すならその新しい曲を作るのに費やした時間は3カ月ではありません。

「計測不能」が正しい答えです。




音楽家はあまりこんなことを言わないし、昔の苦労なんて忘れてしまってるという方も少なくないのでしょう。


しかし、音楽を作るスキルや感性は決して安物ではありません。れっきとした特殊スキルです。

その特殊スキルの結晶たる音楽は、本来高級品であるはずです。


動画サイト、違法DLからのサブスクと、音楽を作る身としてはどんどん収益化が難しくなってきています。(作り手としても恩恵も確かにあるのですが)


活動している側の身として痛感します。

人々はもう音楽にお金を出すという習慣がない。彼等がお金を払っているのはプラットフォーム(SpotifyやApple Music)であって音楽ではない。



「そういう時代だから」「時代について行かなきゃ」

とか言っている場合じゃない。


サブスクやYouTubeがダメとは思わない。

けどそれはそれとして「音楽にお金を払わない時代」「CDが売れない時代」には毅然とNoを突きつけるのも、音楽家の務めなんじゃないかと思うのです。



音楽は高級品だからといって、僕とて1曲に何万円も付けているわけではありません。

ただM3の相場ではあまりに安すぎるので、せめて一般流通しているCDに合わせた価格設定を守るくらいはしたい。


当然、相対的に高いのでポンポン売れるものではありません。

年単位で頑張ってイベントに出展してじわじわ作品オーナー様を増やしていくのです。


売れ残ることに焦りが無いと言えば嘘になります。

しかしそんな手前勝手な焦りには負けて作品の価値、ひいてはガクまりのブランドを曲げることは許されません。


寧ろそう簡単には手に届かないからこそ特別なものであってほしいし、そのブランドイメージに適うものを僕自身が作っていかなければならない。


その証拠に『THE OMEN』、イベントの最後に売れ残っているその姿さえも威厳がある…。



ニコニコ超会議閉幕時のガクまりブース


「安売りするくらいなら堂々と売れ残ってやれ」

これはホストであり実業家のROLANDが言っていた言葉です。



ガクまりが値下げをしないのはガクまりやその作品が特別なものであることを指し示すと同時に、作品の品質の追求と作品への愛において妥協は許さないという僕自身へのメッセージでもあるのです。





②古参に損をさせない


新しい同志を引き入れることは言うまでもなく大切です。

しかしそれは古参をないがしろにして良い理由にはなりません。



商売の世界では「在庫処分で値下げ」「旧作は値下げ」といったことが当たり前のように行われますが、

僕はとんでもないやり方だと思います。


これだと先に見つけて買った人が結局バカを見ますよね。

で、一度「待てば値下げするんだ」と学習されるので、値下げする前に買ってくれていた人まで値下げを待ってから買うようになる。



これを音楽活動でやると更に最悪です。




僕は個人勢のアーティストを推す・作品を買うというのは、草コインを買うようなものだと思っています。


社会的に見ればまだ実績も信頼性もない、どこの馬の骨かもわからない「自称アーティスト」と言われても仕方のないような、取るに足らない存在。


上手くいけば大きく跳ねるけど、殆どは泡のように消える。

彼等が消えれば、ファンが彼らを応援するために費やしてくれた時間やお金も紙切れ。


人気が出る前のアーティストを応援するのはそれだけリスクがある。

だから損をしたくない大抵の人は話題沸騰のアーティストの中から自分の推しを探すのです。



そんな中で、芽が出るかもわからないナメクジどもの音楽や音楽に向き合う姿勢に光を感じるからこそ、大きなリスクを承知の上で自分の貴重な「人生の一部」をベットしてくれる。

どう育つかもわからない、そもそも実を付けるかもわからないのに、それでも信じて苦楽を共にしてくれる。

それが古参と呼ばれる方です。


バズってから、人気になってから乗っかってくる「勝ち馬乗り」とは面構えが違うんです。




即売会の場面においてもそう。


M3初出展の時。新譜『THE OMEN』のみを並べての出展。当時僕等は会場においてはまだ何者かわからないまさに「草コイン」でした。

にも拘わらず何かを感じ取って作品をお迎えしてくれた方がリアル/オンライン含め7名いました。


7名ですよ?凄くないですか?



今年で創立14年目ですが、ガクまりのライフスパンは普通のアーティストのそれより遙かに長いので、今年初めてガクまりを知った方も十分古参を名乗れます。


あなたも古参を名乗らないか←



何であれガクまりが信用ポイントの無いも同然の極小結社であるうちから信じて応援してくれている方々が損くさい思いをするようなことは絶対にしない。その最たる例が後出しでの値下げだと考えているのです。



逆にガクまりが大きく成長してから「ガクまりが昔こんなことをしてた時代を知っているんだぜ」「マリベリの時代から追っかけてたからアタシ」と心の中でドヤれるような活動を目指していくし、応援には人一倍きちんと応えます。


会合での歓声や即売会での作品のお迎え、SNSでの反応や応援の言葉など、「応援」には色んなものが含まれますが、

恐らくガクまりは皆様の応援をエネルギーに変換する効率なら活動者全体でも随一なのではと自負しています。


健やかなるときも病める時も、今の自分を信じて応援してくれている人がいることがどれだけ有難いことなのかを忘れずに生きたいものです。



・・・・・・・・・・・・・・



今回の話題で色んな人が「自分はこう考えて値段を決めている」という見解を投稿していました。

しかし恐らくガクまりと同じ考え方で決めている人は見た限りいませんでした。


ガクまりの場合、かかるコストをペイすることも意識するのですが、それ以上に「値段そのものがガクまり(とその作品)の何たるかを語る」という考えの下に値段を決めている点は独特なのでしょう。


「目は口程に物を言う」に近いかもしれませんね。

値段は作品ほどにブランドを語るというか、言ってしまえば値段も作品の一部ということ。これは僕のお客としての経験にも裏打ちされています。


理念と作品と値段、全てがマッチしていることが大事。

同人としては高めの価格帯にマッチさせるためにも作品に妥協は出来ないし、古参に損をさせないというポリシーを守るためにも価格は下げられない。



今後もガクまりのブランディングにこだわっていくし、創ろうとしているブランドに見合った作品を作れるよう僕自身をより強く、より豊かにしていきます。





汝、自由で在れ。



YUKISHIBA

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