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舞台は儀式です。1対1の対話です。【当結社にとって『会合』とは】

こんばんは、YUKISHIBAです。




まずは、


ガクまりの公開会合夏の陣・冬の陣

開催決定!!


会合フライヤー


第壱拾肆回公開会合はもう1カ月前に迫りました。

(スケジュールページでもっと早くから開催の告知はしてました。最速で告知するのでこちらを要チェック!)


こちらについてはまた改めて書こうと思います。


詳細&ご予約フォーム▸https://forms.gle/f8Nnw4x7TKWTfaUH7




さて、当たり前のように会合会合と言っておりますがそもそも会合とは何か?

いやそれ以前にガクまりにとってステージでやる音楽とはどういうものか?



結構前に活動者の方で「ライブに関する自分のスタンス」を表明していたのを思い出し、そういえばガクまりは今まで公式にそういった表明を表立ってはしてこなかったことに気付きました。



せっかくの機会だと思い、僕も改めてガクまりの舞台において大切にしていることは何か振り返り、まとめてみることにしました。




他の人は何を考えてライブしてるの?


とはいえ、「舞台上」に限った具体的なスタンスらしいスタンスを今まで持っていませんでした。


ガクまりにとって一番特別な場なのですが、特別であるが故に当たり前の存在になっていたのです。

だからいざどういうスタンスで舞台に立っている?何のために会合をしている?と言われると答えに困ってしまっていました。



これを考える最初の脚がかりでもあり比較対象としたのが他の活動者が掲げているルール。

ルールからスタンスを逆算してやろうという算段です。


ユキシバ観測でよく聞くなぁと思ったのがこちら。



・歌ったり勝手にコールしたりしないで

・コール&レスポンスの指定

つまり自分が歌っている間は歌に集中してということ。

演出にこだわっている人、一体感を大事にしている人、或いは「あくまでも実力で勝負しているんだ」という意志から来ることも。

このルールも「サブカル界隈」にいる人が半ば自衛で設けがちだと感じます。


また演出を作り込んでステージを綿密に設計している人、世界観を大事にする人は想定外のレスポンスによって自分の計画や気持ちの面に乱れが生じることを嫌います。



・ノリ方や暴れ方は指定する

先のコール&レスポンスと似ていますが、メタル・ハードコアでも好き勝手に暴れる現場もあれば、「この曲のここでサークルピット」のように決まっている(大抵メンバーがその場で煽りという名の指示を出す)現場も。

「こういう景色を作りたいから、観客に協力を仰いで実現する」というスタイル。

激しい音楽好きの僕でも馴染みが薄いけど意外といる。V系なら振りの定型があるからやりやすいのかも?


・家虎(イエッタイガー)の禁止

家虎は地下アイドルのライブでよく起きる特有のコール。(タイガー!サイバー!みたいなやつ。未だによく覚えてない)

この辺はいわゆる「アイドル売り」をしたくないアイドルと思われたくない活動者でよく見かけます。

「サブカル界隈」のような、アイドルとそれ以外の境界が曖昧な界隈にいると、アイドルじゃないのにアイドルのようなノリを持ち込まれることもしばしば。



・撮影やSNS投稿の禁止

これに関しては著作権者として当然の自衛手段でもありますが、それ以上に「生の音楽に集中してくれ」「心に焼き付けてくれ」という想いから来ていることも。

特に海外ではステージの撮影は当たり前になってますが、観客から一斉に大量のスマホカメラを向けられる景色はなかなか気色悪いかもしれませんね。




会合=無法地帯?



それぞれの活動者・アーティスト達が自分のスタンスやポリシーを貫くため、色々なルールを設けています。


じゃあガクまりの会合のルールは…



う~~~~ん……



無いなぁ……



どうやらガクまりの舞台はルール無用の世紀末のようです(?)


まぁ世紀末ではないので安心して欲しいのですが、

治安がとても良いためルールを設ける必要が無かったという点と、

なるべくルールを作りたくなかった、正確に言えば作りたくなくなったという点が主な理由です。



これでも地上での活動初期、舞台上の僕は願望の塊でした。

暴れて欲しい、叫んで欲しい、頭を振って欲しい、モッシュして欲しい…

「大人見」をされるのが何より悔しかった。なんで乗ってくれないんだ!と本気で思っていた。


レスポンスが返ってくるたびいちいちおもちゃを貰った子供みたいな顔をしていたような気がします。知らんけど。



しかし、歴が積み重なるにつれガクまりの何たるかについて理解が深まり、その結果これまで叶えようとしていたものの多くは僕個人の憧れや願望に過ぎないことを知り、すると今度はバラバラにあった細かいこだわりや固定概念が次々と風化していき、《魂への愛と解放》という一本の行動指針に集約され…

気付けば大人見も暴れん坊もどんな人も受け入れるスタンスが出来上がっていきました。



これとは別にライブ参加者としての実体験も背景にあります。

基本僕はどんな現場でも自分が思ったままに乗ったり大人見したりしています。

後にも触れますが他のことを考えている時もあります。

そんなだから演者が促す振りと今自分がしたい振りが一致しないことがままあるのです。


そして自分でも驚いたのが「激しいライブを敢えて大人見することの楽しさ」。

だってこんなにも芸術的な景色、目に焼き付けたいと思うのは人として自然なことじゃないか。

かつてあれだけ嫌っていた大人見の良さを理解してしまった。個人的にこの体験は今の自分の価値観に大きく影響しています。




そんなわけで現在の『会合』は参加者に向けたルールらしいルールはありませんが、逆にそれが僕等の作りたい会合を作る為の重要な役割を果たしているのです。



ライブから会合に変わった頃、特別な場であることはそのままに、されどその意味合いは大きく変わりました。




舞台は儀式の場で、1対1の対話の場


ここで本日のタイトルに繋がります。

まず僕等は「ライブ」という表現を使いません。


ガクまりはバンドでもシンガーソングライターでもなく「楽団型秘密結社」であり、

舞台で行うのはあくまで「ライブ」ではなく「会合」だからです。

(僕が「ライブ」という時、それは秘密結社化する前の公演を指しています)


ちなみに対バン形式のライブイベント内で開催するのを「公開会合」、

ワンマンで行うものを「秘密会合」と呼びます。


名前を変えたのは僕の中でガクまりが舞台での音楽を通して成すべきことに関する理解が深まった結果です。ファッション感覚で大切な名前を変えたりしません。




今の僕等にとって会合とは、


言ってみれば「音楽を用いた儀式」の場。



会合において音楽は、魂同士で対話し、深層に眠る意志を解き放つための触媒のようなものなのです。




参加者一人一人と「魂の対話」をする


会合は見かけ上「一対多」ですが、実際には参加者一人一人と「一対一」をやっているのです。

肉体を通してではない、魂と魂のやり取りを。


肉体は魂に連動して動きます。

また肉体と同じように魂の形は一人ひとり違います。なので必然、同じ音楽・パフォーマンスに触れても感じることは変わってきます。

恋愛ソングを聴いて涙する人もいれば関係ないことを考える人もいるし、激しい曲を聴いて暴れ散らかす人もいればじっとその光景を焼き付ける人もいる。


僕にだって演者のエゴが無いわけではないので、「ここで泣かす」「ここで暴れさす」など思わなくはないのですが、だからといってそれを強要し、あまつさえそれを「一体感」だとか言って参加者の感じ方を型にはめたりはしません。



異なる人生を歩んできた人達が同じ音楽に対して異なる挙動を示すのは当然、いやむしろ好ましいことですらあるのです。



いっそのこと曲そのものに集中しなくてもいい。曲の途中で関係ないことを考えたり思い出したりすることさえ、音楽を触媒にしてその人の深部に眠る記憶を呼び起こした結果だから。

ちなみに僕は推しのライブでよくこれをやります。感想を聞かれると困ってしまうのですが自分にとってとても充実した時間になっているのは確かです。



会合中に何を感じ、何を思い出したか?そこに正解も不正解もありません。



結社として掲げる理念《魂への愛と解放》。

それは、あまねく魂が受け入れられ、報われる世界の実現。

限界まで簡略化すると《真の自由》でしょうか。


会合はその理念を体現する場でもあるのです。



頭を振る人もいれば拳を上げる人もいて、手拍子する人もいたかと思えば大人見している人もいる。寧ろそういうそれぞれの味わい方が許される環境こそ楽団総指揮の権限を使って守っていくべきだろうと考えています。




頭で考えるより心で感じ取る


ガクまりが楽曲で描く物語やメッセージ性をその場で理解する必要は実はありません

読解力や理解力のある人がその場で理解してくれる分には問題ありませんが、ガクまりの音楽はたった1回、しかも冷静じゃない環境下で聴いただけで理解できるような作りはしていません。

しかも1曲で完結しません。


「よくわからない」という感想になったり、拙い言葉しか出てこないことを大抵の人は恐れるし申し訳なく感じますよね。

でもことガクまりにおいては全く問題ありません。


ガクまりが伝えようとしているものは言語で処理できる領域には収まりません。

寧ろ収まってはダメ。

言語の限界を超えた領域で僕等からあなたの深層部へ「送り込んでいる」のです。



だから頭を回さなくていいかわりに心を開くこと・今その場で起きていることを感じ取ることが重要。


自分の心の奥に起きる揺れ動きに無頓着なままでは、どれだけ意識や理性をこねくり回しても会合で成したいことは実現できません。



僕が理性の部分を回すのはセットリストやMC、演出込みで会合の一連の流れを設計する時。

一方で会合本番、曲が始まり舞台に上がれば、もうそこはYUKISHIBAの自我や理性が及ぶ範囲ではありません。


舞台に立っているのはYUKISHIBAでもありYUKISHIBAとは別の何かでもある。

舞台上での状態を正確に言い表すことは出来ませんが、何かが乗り移っているという表現が一番近いでしょう。


だからこそしっちゃかめっちゃかにならないよう演目はきっちり設計するし、MCも含めた練習もしっかりするわけですが、それを超えた範囲、例えば参加者のノリ方やフリ、レスポンスに関する設計はしません。

それは参加者に対して「理性」を強要することになり、会合の趣旨に反するからです。





好きにやってください。僕も好きにやるので。


まとめると、

会合は《魂への愛と解放》という結社の理念を体現・共有する場で、参加者一人一人と「魂の対話」を行うための儀式。


全員で何となく息を合わせるという行為にガクまりの本質は無い。

代わりに、その場にいる一人ひとりと通じ合う。そういう場です。


なので最後にルールらしいことをあえて言うなら

・頭で理解しようとしなくていいかわりに心を開く

・ノリ方をほかの参加者に強制しない

ですね。


皆それぞれが感じたままに、思い思いの時間を過ごせる会合。

ひいては皆の魂が愛され解放される会合を守りたい。

なのでこの二つは守って頂きたいと思います。



代わりに僕も思い思いに会合します。僕は唯の木偶ではなく、意思と信念を持ったマリオネットですから。

暴れることもあれば煽ることも、参加者に立つよう求めることもあります。


でもそれに乗っかるかどうかはあなたの自由。

立てと言われたが立たない。ユキシバが手拍子をし出したがジャンプする。持ってこいと言われる前に首を差し出す。

素晴らしいじゃないですか。



外の世界を生きていれば、大なり小なり何かを強いられることは存外多いですよね。

ならば会合に参加する時ぐらい「盛り上がらなきゃ」「どうやって乗ればいいんだ?」なんて気負わず、ただただ自分らしく過ごして欲しい。

僕にとってもその方が、皆が同じタイミングで同じ盛り上がり方をしてくれるより100倍価値がありますから。




今回このテーマについて考えてみて、一件無法地帯に思っていたガクまりにも一定のスタンスやルールと呼べるものがあったという点は意外に感じました。



さて色々話しましたが、どうか正しいかどうかみたいな余計なことを気にせず、気負わずに楽しんで欲しいです。

初めての方も常連の方も皆同じ。


ガクまりの同志は「厄介な常連」や「ボス」みたいなのがおらず、初見でもビクビクせずに入れます。この点に関してはひとえに同志の皆様のお陰です。いつもありがとうございます。




ここまで読んでくれた方ならきっと、読む前より何倍もガクまりの会合を愉しめるようになっているはず。

初めての方も常連の方も、奮って会合へ参加なさってください。




最後に。


先述の通り、ガクまりの会合は見かけ上一対多ですが実際にはその場にいる方それぞれと一対一をしています。


僕が高校で演劇部をしていた時、他校の顧問が「舞台(の本質)は演者と観客の間に発生する」と言っていたことを記憶しています。


僕等の会合も同じ。参加者の数だけ「会合」が生まれるのです。



僕は「人が少ないです!ピンチです!!」みたいなことは思っても言いません。

なので「きっと私が行かなくても上手くいくだろうな」と思ってしまう方もいるようです。


この考えが的外れであることはここまでの話を聞いてわかるでしょう。

仮に沢山の参加者に恵まれたとしても、あなたが来なければ「あなたと僕等の会合」は生まれないのだから。




次の本番まで1カ月となりました。


夏の暑さを熱さをもって吹き飛ばす第壱拾肆回公開会合@すすきのローランドゴリラ。


記事読んじゃったしせっかくだから行ってみるか、ぐらいでも問題ありません。


初見の方に優しいライブ(会合)の要件として

「前知識や理解力を求められないこと」は挙げられると思います。

ガクまりはややこしく取っつきにくいイメージがあるしある程度事実なのですが、それらを理解することを強いないという点は、ガクまりが実は取っつきやすいといえる大きな理由だと考えています。



縁が続く限りいつか必ず引き合わせられます。

それがもしかしたら8月公演かもしれないし12月公演かもしれない。


いつかあなたとも『魂の対話』が出来ることを願っています。




会合詳細&ご予約フォーム▸https://forms.gle/f8Nnw4x7TKWTfaUH7




汝、自由で在れ。


YUKISHIBA

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